Tansa編集長渡辺周先生に学ぶ「探査報道(調査報道)とは!その技術」    村上先生、中川先生も登壇!シンポ「報道を担うの誰か」

 「日本はすでに、『ニュース砂漠』になっている」。そう指摘するのは、探査報道(調査報道)に特化したジャーナリズム組織「Tansa」の編集長、渡辺周先生。

 渡辺さんは、2000年に朝日新聞社に入社。社会部や特別報道部で勤め、数々の調査報道に携わってきた。村上先生、村上ゼミとの出会いは、かつて朝日新聞水戸総局長だった武山忍さんから2022年夏に届いた、一通のメール。それは、「Tansa」が開催したイベントの案内だった。

 「Tansa」( https://tansajp.org/ )という、組織は小さいですが、意欲的な取り組みをしているジャーナリスト集団があります。調査報道よりも深い探査報道を目指しています。編集長・渡辺周は元朝日記者で、私とは長年の友人です。この組織が下記の催しをやりました。(中略)渡辺編集長は、ジャーナリズムを目指す大学生らにぜひ聴いてほしい、と希望しており、私もそう感じています。もしよろしければ、村上先生のゼミ生をはじめ、茨城大や他大学でお知り合いの先生や学生たちにも、お知らせいただければありがたいです。」

 テーマは「記者教育」。大手メディアに新人記者を育てる余裕が失われている現在、これまでの「先輩記者の背中を見て、失敗して学ぶ」という教育方針から離れ、新しい方法の必要性を伝えるものだった。

 村上先生は、ゼミ生にアーカイブ配信の視聴をさせ、ゼミ恒例の「1000字超感想」を課題とした。感想を集約し、武山さん、渡辺さんに送ったことで、講演会の話が浮かんだ。

  「講演、喜んでお引き受けします。打ち合わせ兼一献会、ぜひ。

  村上ゼミはめちゃ面白い取り組みをされています。メディア関係の大学のゼミにはいろ

いろとうかがいましたが、こんなに活発で中身が充実しているゼミは初めてです。真剣

に、かつ楽しんでいるところがいいですね。渡辺周」

 講演会に先立ち、ゼミ生はまず、渡辺さんが執筆した、2010年9月朝日新聞の夕刊で連載された「ニッポン人脈記 男と女の間には」を読み、「1000字超感想」を書いた。また、村上ゼミのメルマガ就活号の感想と一緒に送っていただいたアントニオ猪木氏への追悼の編集長コラム『「ストロングスタイル」と「環状線理論」』を読み、これも1000字超感想を書いた。民主主義に関する編集長コラム『みずほ銀行社員からの質問「民主主義って何?」』を紹介いただき、これも1000字超感想を書き、村上先生が全て集約して送った。

『「ストロングスタイル」と「環状線理論」』

  https://tansajp.org/columnists/9407/

『みずほ銀行社員からの質問「民主主義って何?」』

https://tansajp.org/columnists/9443/

 村上ゼミでは、講演会に先立ち、ゼミ生から3問以上の質問を集め、講師へ送る。その際、講演会担当は質問を整理し、分かりにくい質問は直してもらう。事前に質問を送ることで、ゼミ生の関心、テーマへの理解の度合いを、講師に知ってもらうためだ。

「質問、助かります。当日を効率的にやりたいので、質問には事前に答えます。それを読んで臨んでもらえれば、会が0スタートしなくてすむ」と、渡辺さん。

渡辺さん、中川さんから質問への回答をいただき、ゼミ生は事前に読んだ。また、第2部のシンポジウムテーマとなる「取材空白域」に関し、「講演会前に、基礎知識として必要」と、村上先生が資料をまとめて下さった。

 こうした準備を経て、11月17日、いよいよ講演会、シンポが開催された。当日は、記者3年目にして「双葉病院置き去り事件」でジャーナリズムXアワード大賞、「公害 PFOA」でPEPジャーナリズム大賞を今年度、連続受賞した、Tansaレポーター、ジャーナリストの中川七海さんと共に、茨城大学に来ていただいた。

 当日は、ゼミ生以外に、寺地幹人先生(教育社会学)のゼミ生6人他が参加した。第1部で探査報道とその技術についての講演、第2部で取材空白域と日本の現状についてのシンポジウム、第3部で「民主主義のインフラ『報道』を担うのは誰か」についてのディスカッションを行った。ボリューム満点の150分は、ジャーナリズムの未来について考える機会となった。


第1部 講演「探査(調査)報道とは何か」

 第1部は、探査報道とは何か、報道集団Tansaが何を行っているのかについて、そして、探査報道の技術に関する講演。

 渡辺さんはまず、探査報道に求められているものは、以下の5つの力だと述べた。


①ネタ取り力(スクープの起点を掴む)ネタが最初にないと始まらない。

②深堀り力 「なぜ」を繰り返し、問い詰めていくこと。そうすることで、核心に迫る。

③突破力 最後の最後に、相手にぶつける。ジャーナリストは、いじめられている側につい

た上で、敵陣に入り込んで爆弾をしかけるとかしなきゃいけない。そして、戻ってくる。

敵陣側に行ったきりになってしまった人の典型が、読売新聞の渡邉恒雄。

④ディフェンス力 素人と玄人の差が出るところかもしれない。10発殴っても7発殴られて

たら、インパクトは3。インパクトは、攻守の収支。ディフェンスもなきゃいけない。

⑤グローバル力 問題の本質を捉え、文化や地域を越えて問題を共有すること。


 探査報道とは、「暴露しなければ永遠に伏せられる事実を、独自取材で掘り起こして報じること」(Tansa HP)。調査報道よりも深く取材することで、犠牲者が置かれている状況を変えるという意味が込められている。その技術の基本は、「犠牲者のために」という意識。この言葉は、講演中、何度も強調された。

「客観報道とは自分の感情を捨てることではない」

「ジャーナリストの喜怒哀楽こそが、取材の原動力だ」。

 熱く語る言葉に、報道は中立であるべきと思っていた学生は驚いた。渡辺さんは続ける。

「大事なことは、感情を殺すことではなく、徹底的に第三者として関わること。怒りを抱いている相手でもその言い分を聞き、どれだけ助けたいと思っても当事者にならないことだ」。


第2部 シンポジウム「民主主義と報道~アメリカ『ニュース砂漠』の視点から~」

 シンポには、ニュース砂漠、取材空白域に関し研究している村上先生、中川さんが登壇した。まず、村上先生からニュース砂漠の状況の説明があった。「ニュース砂漠」とは、報道機関が消え、報道が空白となる地域のことである。アメリカでは2004年、8891紙あった地方紙が、17 年間で3 割近い2514 紙が廃刊に追い込まれている。(2022年6 月、イリノイ州のノースウエスタン大学発表)。さらにコロナ禍で広告出稿が激減。“砂漠”はさらに拡大と懸念されている。


  (右から)村上ゼミ3年松尾実咲 村上先生 中川さん 渡辺さん

 続いて渡辺さんから「日本はすでに『ニュース砂漠』に陥っている」という指摘があった。日本はもともと地域紙が少ない上に、次々に廃刊となる新聞も増えている。市町村レベルでジャーナリズムが機能していない状態は、すでに日本に広がっているのだ。「東京23区でも記者の数が少なく、報道が薄い。区長、区議の多選を呼んでいる」と、村上先生。新聞社の経営が苦しむ中、ポイントは「社会的コストを誰が負うのか」ということで様々な議論が交わされた。


第3部 討論「民主主義のインフラ『報道』を担うのは誰か」

 ニュース砂漠が広がり、民主主義が危ぶまれる。今日、誰がジャーナリズムを担うべきなのか。シンポを受け、学生も交えた議論が行われた。「SNSやプロバイダーはジャーナーリストを育てていない」と、渡辺さんと村上先生。これまで報道を担っていた新聞、テレビの力が落ちている現在、今後、どうあるべきか。

 

村上先生)僕の立場で言えば、報道の現場ですぐに使える学生を育てること。個人の意見としてはプロバイダーが記事を提供する新聞、テレビ、通信社へ払う金額をアップすることが、直ぐに出来ることだと思う。

渡辺)理想は記者だけに頼ることなく、市民がそのスキルを得ること。Tansaは、「アマチュアの記者を育てる」ことを実践している。“アマチュアの記者”とは、記者として会社に属していない、一般市民のジャーナリストのこと。インターネットの普及により、市民の情報発信が容易にできるようになった。将来、きちんとした教育機関が必要だという。更に、それを実現していくためにも、市民の力が必要だと語った。長い時間で見て、ジャーナリストを育てていくことが求められている。


―― ゼミ生の感想

3年(11期)松尾実咲)私たちはただ記者の頑張りに身を任せていいのだろうか。その答えは、否である。記者たちによる「手づかみ」の情報の重要性について、私たちは今回、学ぶことができた。市民一人ひとりが情報に携わる当事者となっている今、メディアを学ぶ学生として、渡辺先生の5つの力を養い、できることを始めていきたい。


2年(12期)藤岡美羽)「情報を捨てていく」ということも重要だと感じた。日常生活でも、SNSで情報に触れる機会は多い。さらに、情報の発信も受信も簡単に行える。情報があふれる現代で、情報を取捨選択する力が必要なのだと思った。


編集長コラムから

 渡辺さんは、今回の講演会を振り返り、Tansaの編集長コラムに次のように綴っている。

 学生たちは自分たちもジャーナリズムを共に創る輪に加わろうという意思を持ってくれた。私はこれが何より嬉しかった」。SNSが普及し、誰もが情報の発信者になれる今日。一人ひとりが、ジャーナリズムの担い手として自覚しなければならない。

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